本編 幕の三 | 読者参加型ブログ 傾奇者

本編 幕の三

色街と隣街を結ぶこの橋は「つむじ橋」って呼ばれてる。
木枯らしの吹く季節になると橋のてっぺんの真ん中で
つむじができるからってのがどうやらその名前の由来らしい。

時には人の丈ほどになって、かまいたちってのが起こる。
これに見舞われると痛みも気づかぬまま、すぱっとやられる。
ここいらの人間はそれを知ってるからそんな日には端っこを渡ってく。
俺も一度泣き所をすぱっとやられた口だ。

橋のたもとには野次馬の人だかり。
その中心には藁敷きをかぶった仏さん。
人間ってのは本当に好奇心って奴が強すぎる。
誰も顔を背けるような亡骸にたむろするってのはどういうことか。
何日か放って置かれた亡骸だが寒い季節が幸いしてか
異臭は放っていないようだ。

岡引がむしろを捲って苦虫を噛んだような顔して
たむろする野次馬を追い払う。

当然おいらも追い払われる口だ。

そんなやり取りの最中におかしなことが起きた。
雑踏の中に鈴の音が聞こえる。
中には大声で岡引に野次を飛ばす職人たちも少なくないのだが
おいらの耳の奥のほうには紛れもなくはっきりと
ちりんと鈴の音が響く。

周囲のざわめきがだんだん薄れていって、
ただ鈴の音だけが大きく鳴り響き始める。

多少、眩暈を覚え目の前が靄がかってくる。

今まで目の前にあった。人だかりがだんだん霧にかき消されて
橋の下の河の流れが目に入ってくるようになった。

澄んだ川の中には魚の泳いでる姿もちらほら見えて
藻草なんかも流れに身を任せている。

しばらく眺めていると鈴の音がまた妙に耳の奥に響く。

ちりーん。ちりーん。

澄んだ河の流れがだんだん色鮮やかに染め上がっていく。
見るも不思議な光景に呆然とそれを見つめる。

やがてそれは水面を朱に染め上げ
清らかだった流れさえも粘質を帯びてゆっくりと淀んだ。

目の前には船止めの杭に人の握る手

大きな気泡が一つ二つ見えてきたと同時に
半身になった亡骸が重く浮かび上がった。

夢か幻か

己の前で写る光景に足元が震えたつ。

視界を河を隔てた向こう側に持っていくと
大きな傘をかぶった小柄な人影。

最初は子供が立っているかと思ったが
よくよく見ると白髪まじりの無精髭が傘の下に見える。

片手には鈴をぶら下げて
片手で傘をひょいと持ち上げた。

骨ばった顔つきに大きな目が二つ
瞬きもせずこちらを見つめている。

「見えなすったのですね。」

聞こえるはずのない向こう岸の老人の声

「鬼が、あんたを見てなさる。」

はっきりと口元がそう言っている。

たまらず此方も声を掛ける。

「あんたは誰だ。これは、、、、、。」

鈴を大きく三回振り下ろす。
下ろした鈴からは遅れて音が鳴り響く。

三回目の鈴の音が耳に届いた辺りから
目の前には野次馬と岡引の小競り合いが目の前に写った。

夢か幻か

夢か幻か