本編 幕の五 | 読者参加型ブログ 傾奇者

本編 幕の五

夢か幻か。

俺はまた幻を見ちまってるんじゃねぇのか。。。。

目の前には紛れもない鬼の腕。
そして抱き抱えるは細身の青ざめた結枝。

蠢く五指を目の前にしてしばらくすれば
消える幻だと言い聞かせる。

横に通った路地から人にあらん大きな影が伸びてきた。

この幻はまだ続きやがるのか。

背中に冷たい汗が滲み出てくる。
異様な光景に固唾を呑んでいると、
腕の主は慄く様な後ろ足で路地に現れた。

腕の切っ先からは青い炎のように残り火を落としている。
地面に落ちるそれは鬼の魂か血の塊か。
地べたに微かな炎を残しながら滲んでいく。。。

初めて目の前にした鬼の姿。

豪腕で強靭な肉体。

無造作に伸びきった赤茶けた髪。

息をする肩が大きく上下している。

鬼の口から漏れているのは寒さで凍える息ではなく
何やら怨念めいた気が漏れているように見えた。

地鳴りのように響き渡る断末魔の叫び。
安らかに眠る死者達の魂までも引き込んでいくかのように
おぞましい振るえと共に響き渡った。

事の一部始終が目の前で起こっていることで
人間の神経ってのは不思議なもんで
最初の驚愕も次第に薄れ、
冷静な思考も徐々に起き上がってくる。

こいつ。何かに怯えてやがる、、、、。

目の前にいる化け物は、明らかに恐れに対して威嚇している。
何があったかなんざぁわからねぇが
あいつが姿を現す前にあいつに付いてた腕が先に飛んできた。

後ずさるようにあいつは路地に姿を現し
こちらの存在よりも今対峙している何かに怯えているようだ。

初めて会った鬼は何に怯えるのか、、、。

それにしてもあれだけ大きな叫びに町の灯りはどこもつかねぇ。
こんだけの騒音に誰も気づかないわけがない。

辺りを見回しても戸の隙間から恐る恐る覗き込む家もない。

やはり幻を見てるんだろうか。

とにもかくにもこの場から離れてみよう。

そう思い結枝を抱き抱えこの場を立ち去ろうとしたとき。

ようやく異形の者はこちらの存在に気づいたようだ。

こちらを睨みつける奴の眼は
真っ黒な眼球に赤い瞳。

般若のような顔つきに二本の角

口角が上がり大きな口を開けたその中に人の顔らしきものを見た。

その顔は悲痛な面持ちでこちらをすがるように見ている。
何かうめき声を上げているような表情で
見ているとこちらに飛び出してくるようだった。

魔が刺すってのはこういうことをいうのかも知れねぇ。

迂闊にその口の中の顔を見ていたばっかりに
鬼の眼光に縛り付けられたようだ。

思っても身体が言うことを効かねぇ。

獲物と認識したのかちと鬼の形相がにやついて見えた。

間髪入れずに鬼のもう片方の付いてる腕がこちらに振り下ろされる。

確かに届かねぇくらいの位置なんだが何だかやばいと思った。

が、身体は動かねぇ。

終いかも。

そう思ったときにせめて冥土の土産にと
鬼の目をかっと睨みつけてやった。

眼前に振り下ろされる鬼の手。

届かねぇ。

そう思ったらぐいっと伸びてきた。

さすがにもうお陀仏と腹をくくったが
迫り来る腕から青白い炎が鼻先まで伸びたところで
ゆらめきが止まった。

目の前でかっと開いた手のひら。
五指がさっきの落ちた腕のようにもがき蠢いてる。

指先を辿り鬼の顔を見る。

真っ赤な瞳は天を怨むように裏返っている。

肩の辺から逆のわき腹にかけて一筋の太刀筋が流れていった。

ゆるりと切っ先から崩れていく半身。

徐々に他の部位にも切っ先が見え始め、首に一文字が流れた。

鬼は天に向け口をあんぐりと開ける。

そこからは先ほどの御霊と思われるものが他の御霊を引き連れて
暗闇の空めがけ昇り詰めていく。

数え切れない無数の顔
それぞれが呻きを上げて束になって昇っていく。

暗雲には不思議な模様が回転していて
そこは真二つに開き、閃光が落ちてくる。

次第に鬼の残骸も消えていった。

辺りはぽつりぽつりと雨が降り出す。

次第に雨粒も大きくなって季節外れの雷鳴が轟いた。

顔を濡らす雨が抱き抱える結枝の頬に落ちる。

うっすらと眼を開けて

「雨、、、、、、。」

そういい此方をじっと見据えた。

気が失せていてよかったんじゃねぇかと思う。

あんなもの拝んじまったら、結枝の気が触れちまう。

自分が正気でいられること自体おかしいが。

雨の中ずぶ濡れになる二人に丸い影が落ちる。

ふと見上げると大きな傘。

「かたじけない。この雨の中お送りくださって。」

見上げたところには見覚えのある顔があった。