読者参加型ブログ 傾奇者 -2ページ目

補足ですが、、、、。

今回登場した結枝。
もともとの設定では普段は無口の姐さんとなってましたが
物語を書いているにつれ彼女の生い立ちなどのイメージが沸いて
きっと色んな苦労をした娘だろうと思いました。

人とのつながりを大事にする結枝のことだから
表向きは明るく健気な娘にしてあげました。

腹違いの妹も当初の予定ではいませんでした。
が、結枝の「閻魔」との関わりに深みを持たせるため設定してみました。

次の話で京の字は鬼と対峙します。

そこで誰が関わってどう進むかをお楽しみに。

結枝(そうさ、もうお江戸)

結枝(ゆえ)

・21歳

・女性

・三味線と踊りが達者な芸妓。

 座敷に上がっている時は愛想が良い。

 ちゃきちゃきの江戸っ子口調で粋な娘。

 幼い頃両親に捨てられ物乞いをしていたところを、

 のちに特務機関「えんま」を発足させるお偉いさん(本人もしくは縁者)

 あたりに拾われ、その恩義から自ら手足となって働くことを志願する。

 主な仕事は情報収集など。身のこなしが軽く、運動神経がいい。

 本編では恩ある旦那がその男に当たるようだがまだ「閻魔」の存在も

 情報やとしての活躍も先の話になる。(幕の四現在)

本編 幕の四

「本当にお前さんだと思ったんだよ。背格好は似てるし、
 一瞬気が逝ってしまいそうになって大変だったのさ。
 しかし、可愛そうな仏さんだよねぇ。あんな死に様じゃ
 死んでも死に切れないってもんだよ。」

火鉢を鉄箸でかき回しながら煙管を一服つけて沙耶は言った。

「でもよかったじゃない。京さんはこうしてあちきらの前に
 いつもと変わらない京さんでいるんだし。」

無界屋でも取り分け人気の結枝は沙耶の向かいに座って
餅を口にしながら沙耶と会話を交わしている。

結枝は看板娘ながらその事を鼻にもせず、誰隔てなく
明るくもてなすこの辺の売れっ子にしては気立てのいい娘だ。
詳しい素性は定かじゃないが腹違いの妹と二人で暮らしている。
世知辛い世の中二人の娘で生活するにゃ苦労も絶えまい。
そんな結枝だから尚更のこと人情に溢れた人柄に育ったのかも。

二人の会話を耳に横になりながら思案していた。

俺がさっき見たのは何だったのか。
確かに酔いも加わって変なもの見ちまったのかもしれねぇ。
しかし、それだけで納得いくような代物じゃなかった。

真っ赤な河

小柄な男

鈴の音

死体



世迷言にも程がある。

その幻の中で男ははっきりこちらに話しかけてきた。

あの男の持つ二つの鈴がちりんちりんとぶつかり合って
音を響かせていた。雨のあと。靄もかかるが
何となく外気は生暖かい。季節は冬も近づいてるってのに。

「聞いてんの?ちょいと。京の字。」

相槌も打たず思案していたおいらに沙耶も業を煮やしたらしい。

「うるせぇやい。ちと考え事してんだ。」

煙管の吸殻を落とす音で沙耶の機嫌も伺える。
めっぽう勝手に話する性分の女はこういうときほど
口うるさい。こちとら何も返しちゃいねぇってのに話を進めやがる。

「そんなの後におしよ。
 何だか物騒な夜だから結枝を送ってっておくれよ。」

結枝も背中向けたおいらの顔を覗き込んで
拾われてきた子犬のような目で合図する。

「結枝。今夜は馴染みも顔出さねぇのか。」

むくれたのか餅を頬張ってるのかわからん表情で。

「旦那も最近の鬼騒ぎで会いに来てくれないのさ。」

結枝の馴染みはなかなか体格も良く腕も断つ侍らしい。

「へぇ。そいつは見掛け倒しだな。」

少しばかりからかい気味にそういうと。

「京さん。ちょいと勘違いも甚だしいよ。
 旦那はそんなへっぴり腰なんかじゃないさ。
 お勤めだよ。お勤め。」

確かに身なりはきっちりとした侍だった。

「なんだよ。鬼の尻追っかけてるのか。」

「うん。そうらしい。あんまりお勤めの話はしないんだけど。」

重い腰を上げて早々に結枝を長屋まで送ることにした。

「結枝。途中の菓子屋でおはっちゃんに土産買ってってやりな。
 京の字にねだればいいや。」

そういいながらこちらの懐に財布を入れてくる。
江戸の気風のいい女は口は悪いが男を立てる。
いつもながら惚れ惚れするし、ありがてぇ。

「京さん。いいの?」

毎度のことだが結枝も必ずこう言ってくる。

「いいってことよ。結枝の妹はおいらの妹みてぇなもんだ。」

そういうと結枝は沙耶に三つ指でおいとまの挨拶をした。

まだこの界隈は賑わっていて太鼓持ちや顔見世にへばりついた
助平もたくさんいる。

さすがに化粧を落とした結枝だが、そこは無界屋の看板娘。
それでも声を掛けるやつらが大勢いる。

結枝もつんと澄ましていられるたまじゃねぇから
あれよこれよと挨拶がわりに一声掛ける。

結枝を送るのもいいが、御付の小姓みてぇに見られるのはちと癪に触る。
そんなおいらにも気遣って決まって顔見知りや客に一声かけながらも
細い腕をおいらに絡ませて歩く。じつに気持ちのいい女だ。

「ごめんね。京さん。」

結枝からは毎日一度は聞かされる台詞。

「気にすることはねぇや。お前の人気は百も承知。こうしていっしょに
 界隈を歩くおいらも悪い気はしねぇ。」

そういういつもの会話をして色街を抜けていった。

橋のたもとに。

男は今でも立っているような気がしたが鈴の寝も赤い河もない。

色街を抜けるとさすがに人影も疎ら。
飲み屋の提灯と屋台の灯りだけ点々と見える。

お堀端のせせらぎが風情を感じさせて
隣には愛しい眼の娘が小走りについてくる。

光陵先生の家を過ぎてすぐの曲がり角

色街帰りのお客相手に遅くまで営んでるめずらしいがこの辺りじゃ
有名な鶴亀屋の灯りが見えてきた。

結枝に財布を渡すとにこりと微笑んでおはつの飴細工を買いに走った。

微笑ましい光景だ。

妹想いの姉さんはおはつの喜ぶ顔を思い浮かべながら
小銭を店主に渡している。

背中越しにどんと重い感触が通り抜けていく。

違和感を覚え振り返るとそこには何もなく、
見慣れた光景に変わりもなかった。

「京さん。はい。いつもありがとう。」

そういって紙袋を手にした結枝は財布を返してきた。

何となく不安を覚えつつ歩き始める。

そこいらの家の中からは家族の笑い声や会話が聞こえてくる。
そんなときは結枝の顔が少し寂しそうにも見える。

「おはつといっしょに無界屋にせわになればいいじゃねぇか。」

事も無げに結枝に言うと

「京さんは何でもお見通しだね。でも、色街に置いとくわけには
 いかないよ。まだ歳もいかない子供だし。姐さんにも言われる。
 すごいうれしいけどまだおはつには早いって言うか。」

結枝の言葉に間違いはない。
沙耶もそれを承知の上だろうし、結枝もこっちの気持ちを充分
わかっているのだろう。

「そうだな。おはつにはまだはえぇや。もう少し辛抱しろよ。結枝。」

「うん。」

こいつは本当にいろんな苦労をしてきてるんだろう。
芯の強い娘だが、娘は娘。放っておけない妹みたいなものだ。

「まぁ。居候が言う台詞じゃねぇな。」

結枝はそれを聞いて吹き出した。

「そうだよ。京さん。京さんの言う台詞じゃないよ。」

話して歩けば道も遠く感じない。

あと二本程十字路を越えると長屋の灯りが見えてくる。

長屋の一つ手前の道を通り抜けようとしたそのとき
どすんと大きな音を立てて目の前に丸太のような物が飛んで落ちてきた。

二人して驚いて声が出る。

お互い無事を確認するように見合って
一呼吸置いて目の前の丸太を良く見てみると。

結枝は声も出さずに卒倒した。

倒れこみそうな結枝の方を抱き上げ
まじまじとそれをみると

蠢く長い爪の指先

丸太のように見える青白い腕

地面に落ちてももがくように土を削っていく。

「鬼の。。。。。腕。。。。。」


さぁ。そろそろ話は加速をつけて、、、。

京の字は夢か幻を見てしまいました。

これから彼に降りかかる災難

どう描いていこうかと

あの老人は????

そして鬼とどう関わっていくか???

次回からそのへんが徐々に表立ってきます。

次はちょっと長いUPになりそうです。

案山子(そうさ、もうお江戸)

案山子(かかし)

・年齢不詳(老人のようにも若者のようにも見える)

・男性

・ふらりと現れては8人の行く先へと案内する。

 何故、誰といった情報はまったく無い

 悪と善のどちらにも属さないことは確か。

 悪の側にも手を貸しているらしい。

 京の字が見た幻の中に出てきた老人は案山子か否か???

本編 幕の三

色街と隣街を結ぶこの橋は「つむじ橋」って呼ばれてる。
木枯らしの吹く季節になると橋のてっぺんの真ん中で
つむじができるからってのがどうやらその名前の由来らしい。

時には人の丈ほどになって、かまいたちってのが起こる。
これに見舞われると痛みも気づかぬまま、すぱっとやられる。
ここいらの人間はそれを知ってるからそんな日には端っこを渡ってく。
俺も一度泣き所をすぱっとやられた口だ。

橋のたもとには野次馬の人だかり。
その中心には藁敷きをかぶった仏さん。
人間ってのは本当に好奇心って奴が強すぎる。
誰も顔を背けるような亡骸にたむろするってのはどういうことか。
何日か放って置かれた亡骸だが寒い季節が幸いしてか
異臭は放っていないようだ。

岡引がむしろを捲って苦虫を噛んだような顔して
たむろする野次馬を追い払う。

当然おいらも追い払われる口だ。

そんなやり取りの最中におかしなことが起きた。
雑踏の中に鈴の音が聞こえる。
中には大声で岡引に野次を飛ばす職人たちも少なくないのだが
おいらの耳の奥のほうには紛れもなくはっきりと
ちりんと鈴の音が響く。

周囲のざわめきがだんだん薄れていって、
ただ鈴の音だけが大きく鳴り響き始める。

多少、眩暈を覚え目の前が靄がかってくる。

今まで目の前にあった。人だかりがだんだん霧にかき消されて
橋の下の河の流れが目に入ってくるようになった。

澄んだ川の中には魚の泳いでる姿もちらほら見えて
藻草なんかも流れに身を任せている。

しばらく眺めていると鈴の音がまた妙に耳の奥に響く。

ちりーん。ちりーん。

澄んだ河の流れがだんだん色鮮やかに染め上がっていく。
見るも不思議な光景に呆然とそれを見つめる。

やがてそれは水面を朱に染め上げ
清らかだった流れさえも粘質を帯びてゆっくりと淀んだ。

目の前には船止めの杭に人の握る手

大きな気泡が一つ二つ見えてきたと同時に
半身になった亡骸が重く浮かび上がった。

夢か幻か

己の前で写る光景に足元が震えたつ。

視界を河を隔てた向こう側に持っていくと
大きな傘をかぶった小柄な人影。

最初は子供が立っているかと思ったが
よくよく見ると白髪まじりの無精髭が傘の下に見える。

片手には鈴をぶら下げて
片手で傘をひょいと持ち上げた。

骨ばった顔つきに大きな目が二つ
瞬きもせずこちらを見つめている。

「見えなすったのですね。」

聞こえるはずのない向こう岸の老人の声

「鬼が、あんたを見てなさる。」

はっきりと口元がそう言っている。

たまらず此方も声を掛ける。

「あんたは誰だ。これは、、、、、。」

鈴を大きく三回振り下ろす。
下ろした鈴からは遅れて音が鳴り響く。

三回目の鈴の音が耳に届いた辺りから
目の前には野次馬と岡引の小競り合いが目の前に写った。

夢か幻か

夢か幻か


うれしい誤算

登場人物として登録してくれた人が現在7人いらっしゃいます。
物語はどんどん膨れてきました。

あの人はこんな風に
あの人はこう登場させて、、、、。

ここに本編を書き記す前に下書きノートに
大まかな筋道を書いていくのですが

そっちがどんどん書き記されて
一人一人に追加事項(物語への関わり方とかetc)が
どんどん増えて困ります(苦笑)

でも自分的にはうれしい誤算です。

もっといろんな人に参加してもらいたいし
もっと楽しくしていきたいと思ってます。

それにすごくイメージトレーニングになってます。

今日は本編UP予定です。

そろそろ鬼や鬼を断つ者たちが登場しますので。
お楽しみに

とりあえず、、、、、。

小次郎は物語の中で成長させていきたいので
予定より早めに登場させてもらいました。

もう参加してくれてるけど登場してない方々

ごめんなさい。

要所要所できちんと登場させますので
お許しの程を、、、、、。

小次郎(そうさ、もうお江戸)

小次郎(こじろう)

・10歳

・男

・鳴物屋の光陵先生の孫。
 
 沙耶を姉のように慕う。 
 
 京之助も生意気な弟と放っておけない。 
 
 まだまだやんちゃだが、人を見る力はある。
 
 早くも思春期が訪れようとしている。
 

本編 幕の二

少しばかり靄が掛かっている。
見慣れた風景もこんな感じだとまた一風変わって見える。

人通りの少ないところを一人歩くのも悪くない。
お堀端の柳の葉が周りに白い衣を纏ったように輪郭を描いている。
そういやこの辺の柳は年中青々としているのは何でだろう?

冬場に掛けても葉の色を落とすことなく頭を垂れてる
こいつには不思議がたくさんあるらしい。

微かに匂う青臭さを湿気った空気といっしょに吸い込む。

ちょいと通りの飲み屋ののれんが揺れて
中には手持ち無沙汰にか、それともここぞとばかりか
どんちゃん宴で賑わっている。

こんな日は職人連中は仕事にならない。
となれば、飲んで寝るだけだろう。

しばらく歩くと目当ての看板が見えてくる。

鳴り物の字に矢の絵。

光陵先生の達筆な一筆で書かれたこの看板も
雨に濡れて揺れている。

あと四.五歩ってとこでがらっと開いた。

見慣れた小童が軒先に顔を出してきょろきょろしている。

こちらに気づくと

「あ、京の字。」

一丁前に髪を一縛りにした小童は駆け寄ってきた。

「本当にきやがった。」

生意気な口を聞きながら着物の裾を掴むと
早く入れと言わんばかりに引っ張りやがる。

「ガキ。ひっぱるな。」

「うるさい。早く入りやがれ。」

むすっとした顔をされる言われはないので

「おい、なにむくれてやがる。」

と、頭を小突いた。

小次郎は生意気にガンくれてこっちを見上げる。

「おじいが京さんが来るから戸を開けろって。」

「御大も相変わらず察しがいいな。」

沙耶がこの雨の中来るはずもなし。
されど約束の刻を破るような人でもなし。
御大はそれを承知している。

「おいらはこんな雨の中くるもんかって言ったんだ。」

「まぁそうだわな。」

確かにこのこまっちゃくれた小童の言うとおり。
しかしながら沙耶に理屈は通る筈もなきこと。

「でも、きやがった。阿呆でもなければこの雨の中来るもんか。」

もう一発引っ叩きたいところだが、空いた戸の隙から
御大の顔が見え隠れしている。

「俺の来ることの何が気にいらねぇんだ。」

じっとこちらを睨みながらも。

「ふん。別に。」

と、苦虫を噛んだような顔をしてやがる。

機嫌直る暇もなく中に進められると
いつもと変わらぬ場所に陣取って白髪を小童同様に束ねた御大は
ハイカラな眼鏡ごしにこちらを向く

「おぉ。京さん。この雨の中ごくろうじゃな。」

囲炉裏の鉄瓶を取り、急須に湯を注ぎながら笑みをこぼして
ここに直れと手で合図してきた。

「御大。小次郎の奴はなんでこういつもむくれてやがる。」

高笑いしながらこちらに茶を手渡すと

「いや。沙耶さんが来るのを心待ちにしておったのかものぉ。」

なるほど小次郎は沙耶にだけは子猫のように懐いている。
沙耶もまんざらでもないらしく実の弟のように愛でているが。
的を得た光陵御大の一言で小次郎は顔を赤らめながら奥に
引っ込んでしまった。ばんっと手荒に襖を閉めていった。

「ったく、あの小童ときたら。」

「まぁまぁそう言わんで。どうじゃ一杯やってくか?」

「お言葉に甘えさせていただきます。」

御大とも長い付き合いになる。
沙耶がまだ店で客を取っていた頃
御大は鳴り物の一切の稽古をつけていて
沙耶も御大を師匠と慕い今もこうして繋がっている。

「沙耶もこの雨じゃ外に出たがらなかったか。」

「察しの通りで。」

沙耶の話をする御大も自分の娘の話をするように
上機嫌で舌がまわるようだ。

「居候も大変じゃの。」

「まったく。沙耶の奴ときたら。こっちの使い方は心得てる。」

「そういう京さんも人がいい。」

そういいながら話しながら燗していた酒を勧めてきた。

「そうじゃ。京さん。近頃この辺で噂になってる話聞きたいかい?」

粋な模様をあしらったお猪口を手渡すと甘露の如く堪らぬ芳香を
放つ一献を注いでくれる。すかさず手付けの一杯をくいっとする。

「先生。先生が話したいんじゃないですか?」

頭に手をやりながら

「そうとも言うな。」

と、此方の注いだ一献をうまそうに嗜んだ。

「ここ数日。夜になると表の通りがやけに騒がしくてな。
 町方やら岡引が駆けずり回っておるわい。」

「へぇ。色街の方じゃ大して聞こえないけどなぁ。
 何だい、大捕り物でもあるのかい?」

酒を飲む御大の手が止まった。

「大捕り物も大捕り物じゃの。人でないがな。」

人でない。御大もおかしなことを言い放った。

「それじゃ何かい?がまかい?化け猫かい?」

御大は眉一つ動じずこちらをまじまじと見つめて。

「鬼じゃ。」

御大の言い様に世迷言ではないものを感じはしたが
鬼なんてものは見たことがない。
確かに草紙や書の中では何度となく現れてはいるものの
ここでいう鬼って言うのは絵空事でしかないわけだ。

「鬼が出るって?ずいぶん飛んだ話だ。」

三日ほど前にお堀端の生垣で半裸の女の死体が上がったそうで
片足、片腕は食い千切られたようになくなっていたそうだ。
野良が仏を食い荒らしたというなら合点がいくが
女の腹には幾つかの大きな歯型が残っていたという。
獣の歯形にしては恐ろしく大きな歯型で大きな穴が二つずつ
腹と背中に残っていたらしい。

御大が聞いた話だと、そんな死体が上がるのは初めてじゃないらしい。

ここふた月の間に十に近い数の殺しが界隈であったようだ。
しかもどれをとっても女がやられているそうだ。

色街でも噂にはなっているのかもしれんが
世捨ての暮らしをしている俺には初耳だった。

「で、鬼を見た奴はいるのかい。」

「何でも隣町の反物屋の奉公人が見たらしくてな、
 その日から口も聞けんようになってしまったそうじゃ。」

年のころ15.6の奉公人はそれを見た夜から一言もしゃべれないように
なってしまったそうだ。確かにそんなものを見ちまったら
誰がそうなってもおかしい話ではない。

ところが自分が受けたことのない痛みは
人の心にはなかなか届くものではない。

「そりゃ気の毒だな。」

そう言い放った此方を尚もじっと見据えて

「京さんも気をつけなされよ。」

御大の眼力にたじろぎながらもあまり自分に置き換えて
考えられるものでもない。

「何、俺なんか食ってもうまかねぇ。鬼もそうそうゲテモノ食い
 じゃねぇだろう。それに女ばかり喰らうのだろ?」

御大は此方の言葉を飲み込んだが

「まぁ。そうなんじゃが。なんと言うか、嫌な予感がしての。」

この一言は後にそのまま鬼を呼び寄せた。

御大の話を肴に一杯やるのはなかなか捨てがたいものだが
いつまでも油を売っているわけにもいかず。

「御大。すまないがそろそろ戻たねぇと沙耶がうるさい。」

口惜しいのは御大も同じ。女だらけの商売だ。
心許す男の酒の相手もなかなかいないとみてよくしてくれる。

「そうじゃの。直しは万全じゃ。沙耶によろしくな。」

「うまい一献かたじけない。じゃぁまたな。」

御大の笑顔と奥の襖から不満そうながら手を振る小次郎を
尻目に先を急ぐことにした。

すっかり日も落ちてきた。
これから色街は誘いの看板が灯りだす。
雨もだいぶ落ち着いて人の通りも疎らに目立ってきた。

顔見知りの連中に声を掛けられるが
御大のところで油を売ったので懇情の別れを告げながら
連中の誘いを断り歩く。

色街の入り口辺りが見えてくると
普段より人影が目に付く

そこには女子供までもが群がって何やら
騒々しい声が聞こえてきた。

野次馬根性は人一倍、どうにも気になるが急いで戻らなきゃ
座敷に迷惑もかかる。騒々しい人だかりをすり抜けて
無界屋の店先にたどり着くと沙耶が仁王立ちして待っていた。
これは雷も落ちるだろうと多少身怖しながら近寄ると
沙耶がすかさず駆け寄ってきた。

「す、すまねぇ。御大が、、、。」

此方の言葉もろくに聞かず大泣きしながら抱きついてきた。

「よかったよ。あんたじゃなくて。無理して頼んで後悔してた。」

訳がわからないが、周りの連中も胸を撫で下ろしている。

「おいおい。何があったんだよ。それに何だいあの人だかりは。」

袖で鼻水も涙も一緒くたに拭うと沙耶は嗚咽まじりに

「殺しだよ。華奢な浪人姿の男のどざ衛門があがったのさ。」

どうやら通りすがりの櫛屋が見つけたらしい。
色街と隣町を繋ぐ橋のたもとにぷかぷか浮いていたのを見て
着物か何かが浮き草に引っかかっているかと思ったようだ。
ところがなにやら胸騒ぎがしたのか近寄って見てみると
船を止めて置く止め木の中ほどでしっかりとつかんだ青白い腕が
見えたそうだ。よく見ると首から上がなく右肩から脇にかけて
ちぎられたようになっていたという。

つい先程、御大から聞いたばかりの世迷言が目の前で起こった。

俺は沙耶に頼まれた三味線を渡して
人だかりに駆け寄っていった。